瓶内熟成・・・それは全ての蒸留酒におけるロマンである。
ウイスキーはじめ様々なお酒で度々話題にあがり何百回と議論され続けてきた瓶内熟成。ブランデー、そしてコニャックも例外ではありません。コニャックの生産者セミナーに行くと8割くらいの確立で「瓶内熟成はあると思いますか?」という質問が飛び交います。特にウイスキーファンの方々から。
ということで今回はコニャックにおける瓶内熟成について一般的な見解と私の見解をツラツラと書いていきます。
瓶内熟成とは?
ここでいうコニャックの瓶内熟成とは、未開栓のボトル内で起こる香味の変化のことです。
未開栓か開栓済みかで考え方は分かれるかもしれませんが、瓶熟といえば一般的には未開栓状態での変化を表すことが多いようです。
ただ、開栓済みの瓶内変化も興味深い部分ですし、どちらかというと開栓後の変化の方が気になる方が多いのではないかと思いますので、開栓後の変化についても触れていきましょう。
瓶内熟成する?
ウイスキーに限らずコニャックでも同じ回答が得られることでしょう。
コニャック生産者やコニャックAOCを制定しているBNICの回答は
「コニャックは瓶内で熟成しない」=瓶内熟成は無い
です。オフィシャルの見解としては瓶内熟成は無いというのが共通の認識です。
なのでコニャックの生産者セミナーで生産者の方に「瓶内熟成はすると思いますか?」と聞くとほぼ100%の確立で「しない」と回答されます。
ではなぜそのような回答が共通になるのでしょうか?私としては主に次の3つの理由があると考えます。
①コニャックの熟成の定義から外れるから
そもそもコニャックのAOC規定書における「熟成=Ageing」の定義とは下記の通りです。
重要な部分は最初の1文「コニャックの原酒はオーク樽で断続的に熟成されなければならない」という部分。そう、まず前提として熟成(=Ageing)は「オーク樽」でのみ定義される言葉なのです。
別の章になりますが、熟成について更に読み進めていくと「熟成とはより琥珀色への変化と豊かさを与えるものである」といった内容の記載があります。つまり、コニャックの熟成を1文で定義するのであれば
オーク樽内で起こるポジティブな(=より香味が豊かになる)変化
ということなのです。
そういった観点から、オーク樽ではない「瓶内」というのはそもそも熟成の定義から外れるのです。
※AOC全文を読みたい方は下記からダウンロード可(2022年12月の英語版定義書です)
→ダウンロード
②セラーマスターを否定することになるから
コニャックの最終的にどのような状態で瓶詰するかというはセラーマスター(またはマスターブレンダー)が判断します。
もちろん、その商品にとってその時における最高にふさわしい状態でボトリングするわけです。
「瓶内熟成によりボトリング時よりもより美味しくなる」というのを肯定してしまうと、その時のセラーマスターの判断を否定することになります。
③瓶内熟成商品を出すことになるから
オフィシャルに瓶内熟成を認めてしまうと「瓶内熟成コニャック」のような商品を出す流れになってしまう事を懸念するからです。
カルヴァドスではモランアンセストラルのように瓶の状態で10年以上保管されていることを売りにしている商品もありますが、コニャックにおいては熟成はあくまでもオーク樽での保管が熟成です。恐らく品質管理とコニャックの定義を保護するためよっぽど時代の流れが変化しない限りBNICが瓶内熟成を肯定して製品化を認めることは無いように思えます。
熟成はしないが変化はする
「瓶内熟成はしない」。ここまでは建前の話です。
では実際にはどうなのでしょうか?
コニャックの飲み手やバーテンダーの方の間では、未開封の瓶内での変化が起こると言われる方も多いでしょう。
冷暗所に保管していたとしても水やアルコールが少しずつ蒸発したり、コニャックの成分が瓶内のわずかな空気と反応したり、瓶内でゆっくりとコニャックの成分が反応し合い香味が変化するということを指しているかと思います。
この場合、ポジティブな変化は「瓶内熟成」であって、ネガティブな変化はただの「劣化」として捉えられるでしょう。
良くも悪くも未開栓でも経年によって瓶内の香味が変化するということが飲み手側の認識としてはメジャーな気がします。
この辺りは生産者やオフィシャル間でも意見は分かるところで、生産者やBNICの方々の建前を取っ払った本音の意見として最も多いのは次の2つをよく聞きます。
- 未開栓であれば最近のコニャックの場合コルクの上からキャップで塞がれてキツく密閉さており、その精度が高いので空気の交換は行われず変化はしない。
- 未開栓であっても経年によって酸化や蒸発は起こるため10年、20年単位で変化はする。
つまり
熟成とは呼ばないが変化する可能性は認める。ただしその変化は生産者の意図するものではない。
この辺りがコニャック生産者側の中立な回答として妥当なのではないでしょうか。
実際に未開栓の場合であっても、瓶内が目減りすることあよくある話です。30年前のコニャックに限らずここ5年くらいのボトルでもあり得るかもしれません。それでも30年前のコニャックのボトルと比べ、今のコルクキャップは密閉度がだいぶ改善され未開栓であれば変化(酸化や蒸発)の割合はかなり少なくなっているようです。
ディミジョン(ボンボンヌ)での変化はあるか?
瓶内熟成と同じくよく聞かれるのがディミジョン(ボンボンヌ)での変化です。
オーク樽で熟成されたコニャックは40年~50年熟成を超えたあたりを境にディミジョンと呼ばれる30~50リットルほどのガラス瓶に移し替えられます。これ以上オーク樽での熟成がポジティブな変化を与えないと判断されたり、最高の状態でそれ以上の変化を加えないようにするためです。オークの影響がないガラス瓶にて保管されるのです。
これに対しても生産者の見解はほぼ同じで「熟成はしない」というのが基本的な考えです。
ただし、このダムジャンも完全密閉されている訳では無く、入口からわずかに空気が出入りしたりするため数年単位でわずかな変化はもたらされます。そのため各コニャック生産者のセラーマスターは製品化する可能性のあるディミジョンの中身は数年に1回ちゃんと品質チェックを行うのが一般的です。
基本的にディミジョンはコニャックの品質を限りなく現状維持・保存するものであって、その中でのポジティブな変化(熟成)を期待するものではありません。
開栓後の「開く」「硬い」とは何か?
ここまでは基本的に未開栓状態でのコニャックの変化に焦点を絞ってきましたが、開栓後の変化はどうでしょうか?
これまた違う変化や表現があるものです。
「開く」とは何か?
よく「開栓して半年経ってようやく開いてきた」や「開くのに時間がかかる」といった表現を目にしたり聞いたりすることがあるかと思います。
この「開く」というのはどうい意味でしょうか?私の解釈としては
開栓し空気と触れあい経年することでアルコール度数が落ちてスムースになったり香味が変化して馴染んだり、その飲み手にとってポジティブな変化をもたらす
という事です。基本的には未開栓での変化の定義と似たようなものですが、開栓することによりその変化はスピードを増します。
ただしここで疑問に思うのは、果たしてその変化は生産者の意図したものなのか?ということです。
当然ながら開栓後のコニャックへの影響はそのボトルの保管状況や気温湿度、残りの容量などによって大きく左右されます。そこは既に生産者の手から遠く離れ、生産者が制御できる領域にありません。前提としてコニャックの生産者はその時に最高だと思う状態でボトリングを行います。したがってどんな変化があろうとその変化は生産者の意図するものではありません。
しかしながら私も経験的に開栓後のコニャックの香味が変化するというのは認めざるを得ません。確かに変化はします。ただしそれはポジティブに変化するのか、ネガティブに変化するのか定かではなく非常に曖昧なもので個々のボトルの状況によって大きく異なります。
都合よくポジティブに変化したのであれば「開いた」。ネガティブに変化してしまったら「劣化した」。
全てのコニャックが必ず開栓後にポジティブに変化する(いわゆる「開く」)と考えるのは過大であり勘違いです。
あくまでも生産者は最高の状態でボトリングした、という事を前提に捉えたいものです。
「硬い」とは何か?
「開く」と同じくらいの頻度で使われる言葉として「硬い」という表現があります。「開栓したてで硬い」「まだ硬いから飲み頃ではない」という表現です。
硬いというのは概ね「アルコールがツンツンしている」「刺激が強すぎる」「香味が感じとりにくい」といった意味合いで使われることが多いように思えます。
硬いコニャックはもともと柔らかくまろやかだったのでしょうか?
未開栓状態での瓶内変化の事を鑑みても、元々まろやかだったものがボトリング後に刺激が強くなりすぎて香味を感じ取りにくくなる(=硬くなる)程変化するというのは考えづらく、それは元々そういうコニャックだった、という事に尽きるかと思います。その「硬い」と感じる香味が元々そのコニャック生産者が意図した味わいだったということです。
つまり「硬い」という言葉は言い換えると
「刺激が強すぎたり香味が感じとりにくく、正直自分にとっては微妙なコニャック。もしかしたら開けて時間が経つとアルコール度数が下がったり酸化して香味が変わって飲みやすくなるかもしれないからちょっと待ってみよう。」
という意味合いであり、ぶっちゃけると開けたけど期待に沿わないコニャックだったという事に他なりません。
これも「開く」と同じように、硬いコニャックは時間が経つと必ずポジティブに変化すると考えるのはある種の固定概念に近いものがあります。「まだ硬い」と思考停止的に発してしまう人は一度立ち止まって考えてみると良いかもしれません。
瓶内変化を実験する
これはコニャックエデュケイターの鯉沼氏が行っていたという瓶内変化の実験なのですが、とても興味深かったので紹介します。
①
20年熟成くらいの同じコニャックを3本用意する(できれば同じロット)。
②
1本目:ずっと未開栓で保管
2本目:ボトルの半分まで減らして保管
3本目:ボトルの半分まで減らして毎日5回くらいボトルを振って空気をふんだんに取り入れる
③
半年~1年後に飲み比べその変化を記録する。
というものです。興味深いのは3本目。毎日振ったボトルです。鯉沼氏によればものによっては1年間で20年熟成のコニャックが40年熟成くらいの香味に変化することがあるとのことです。
私も毎日ボトルを振ったことは無いので近々ラニョーサボランレゼルヴスペシャルあたりを3本用意してこの実験を行ってみようと思います。果たしてどのような変化が訪れるのかめちゃめちゃ楽しみです。
瓶熟は永遠のロマン
瓶熟や瓶内の変化は様々な議論がありますが、なんだかんだ言っても自分の持っているコニャックが時を経ることによってどのような変化を遂げるのかというのは理屈抜きにロマンがあります。
コニャックはじめ蒸留酒には賞味期限がありません。一度手にしたもの、一度開栓した飲料を数年、数十年かけて楽しむことができるのはまさに蒸留酒の特権ではないでしょうか。
コニャック生産者が意図する意図しないに関わらず、あなたが購入したボトルはあなたの物です。瓶内熟成、瓶内変化があるかもしれませんし、もしかすると期待したものではないかもしれません。数十年熟成されたコニャックであればなおさら、そんなに焦る必要はありません。その過程をゆっくり楽しむのもコニャックのひとつの楽しみ方ですね。