ウイスキーやラムなどの蒸留酒に加えられる添加物はいつでも議論になります。カラメル添加で味は変わるのか?加糖による影響は?などの話題は蒸留酒ファンにとって興味深い話題です。
ではコニャックの場合はどうなのでしょうか。
コニャックの添加物は何が許可されているのか?その許容量はどうやって計算されているのか?生産者はどのように添加物を決めているのか?
コニャックファンなら一度は気になる加糖やカラメルなどの添加物。でもその実態は知ってるようでよく分からないという方は多いかと思います。今回はフランスコニャック事務局(BNIC)が出している公式文書を基に、さらに詳しい内容まで見ていきましょう。
何が許可されているのか?
まず明確にしておかないといけない事は、コニャックには添加物が認められているということです。認められている添加物は下記の3つ。
- 加糖
- カラメル
- オークチップ
ここまでは知っている人も多いと思いますので、おさらい的に見ていきましょう。
※一応、加水も入りますが、アルコール度数を下げるための加水は一般的であり、この記事で取り扱うとボリュームが大きくなりすぎるので今回加水は対象外としています。
2. 糖(Sugar)
コニャックに円やかさを付与するためや、樽由来のえぐみ・渋味を緩和するために加糖されることがあります。
3. カラメル色素(Caramel Coloring)
ブレンド後のコニャックの色を過去のブレンド商品と同一に保つためや、最終的な色素の調整などの目的に使われることがあります。
一般的にスピリッツカラメルとしても知られる「E150a」というカラメル色素のみ使用可能です。カラメルは少しの量で色が大きく変わるため、添加量は多くとも全体量の0.01%以下(1Lに対し1mg以下)であることがほとんどです。
4. オークチップ(Boise (Bwah-zay))
コニャックに濃い色と樽感を出すため、あるいは新樽を使わずともよりタンニンと樽の熟成感を出す「ショートカット」としてオークチップが用いられる場合があります。
使用する場合はオークチップを水でボイルした後、チップを取り除き、ゆっくりと水を取り除きながら残ったオーク樽感とタンニンを含んだ液体を使用します。
ただ割合としてこのオークチップを使って入いる生産者は少ない。
どこまで添加の量が許可されているのか?
よくコニャックの添加物に関して「1リットル中何グラムまで許可されている」や「何パーセントまで許可されている」等の表記をみかけますが、それらは全て間違い、あるいは分かりやすく簡略化して書かれたものです。実際は単純なグラム数や全体の量に対する割合で決まることはありません。もう少し複雑です。
この辺りからは少しマニアックなので知らない人も多いかもしれません。
ではここでコニャックAOCが規定している文章を見てみましょう。こちらはコニャックに関するレギュレーション(英訳)の添加物に関する記載箇所です。
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全文のダウンロードはこちらから
このレギュレーション文書全体は2018年に改訂されたものですが、添加物に関する規定は2008年から変わっていません。(それ以前はもう少し緩かった)
この文章にはカラメルとオークチップのことしか書かれていませんが、加糖に関しては「Regulation (EC) n°110/2008 of January 15, 2008」というEU全体の食品添加物に関する規定書に続くと書かれており、さらにその詳細は2001年に制定されたEU全体にかかるCouncil Directive 2001/111/EC of 20 December 2001内の甘化法の規定に基づいています。
これらのEU全体の食品添加物に関する規定はコニャックAOC規定等の上位概念にあたり、AOCはあくまでのEU全体の基準に沿っている必要があります。
→Regulation (EC) n°110/2008 of January 15, 2008全文はコチラからダウンロード可能
→Council Directive 2001/111/EC of 20 December 2001全文はコチラからダウンロード可能
この3つの文書に書かれていることを結論として簡単にいうと、
「コニャックの添加物の量は、実際のアルコール度数と見かけ上のアルコール度数の差が4%以内までであれば許可される」
という事です。
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つまり
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(つまり、どういうことだってばよ?)
酒類製造や酒税に関わっている方でしたらピンとくるかもしれません。
ここでは 「Apparent alcoholic strength」「Real alcoholic strength」「Obscuration」という言葉が非常に重要な役割を果たします。
Apparent alcoholic strength:見かけ上のアルコール度数
Real alcoholic strength:実際のアルコール度数(最終的にコニャックのラベルに表記されるアルコール度数)
Obscuration:上記2つの差を%で表したもの:「曖昧さ」
順番としてはまず
1. コニャック生産者がそれぞれApparent alcoholic strengthを測定する
2. 規定の分析機関でReal alcoholic strengthを厳密に測定する
3. 上記2つの測定差(Obscuration)が4%以内である必要がある
となります。それぞれ順番に見ていきましょう。
1. コニャック生産者がそれぞれApparent alcoholic strength(見かけ上のアルコール度数)を測定する
まずはApparent alcoholic strength:見かけ上のアルコール度数、について見ていきましょう。
まず第一ステップとしてコニャックのアルコール度数の測定は各生産者が各自で行います。コニャックのアルコール度数はFloating hydrometerという棒状の度数計で測ります。このFloating hydrometerは日本語では「浮ひょう法アルコール測定器(ボーメ計、比重計)」とも呼ばれています。
実際にはこの棒をメスシリンダーに入れたコニャックに浸して測定します。
浮ひょう法に関しては沖縄国税事務所が割と分かりやすい動画を出してくれているので、興味のある方はチェックしてみて下さい。
コニャック生産者が行うアルコール度数はこのような測定器を使って液体の比重から換算します。この比重によって測定されるアルコール度数の結果が「Apparent alcoholic strength」です。
最終的に商品となるブレンド後はもちろん、熟成期間中の樽内のコニャックも定期的に測定され、それぞれの測定結果を詳細にデータとして残していきます。
アルコールは水よりも比重が軽いです。水より比重の軽いアルコールが多いほど比重は軽く、固形分が溶け込むほど重くなります。アルコール度数が全く同じで、固形物が溶け込んでいる液体と全く何も溶け込んでいない液体の場合、固形が多く溶けている液体の方が比重が重くなるので、あたかもアルコール度数が低いかのように表示されます。
たとえば実際のアルコール度数(ボトルに含まれるエタノールの割合)が40%のコニャックの場合、ラベルにはアルコール度数40%として出荷されます。このコニャックを浮ひょう法アルコール測定器で測定するとほとんどの場合40%を下回り38.4%とか39.2%といった数値が出ることになります。
つまり、この時点の測定値は純粋なアルコール度数とは異なり、最終的にアルコール度数何パーセントのコニャックとして出荷すべきか、本当に正確な所はまだ生産者自身も分からないという事になります。
Obscurationは溶け込んでいる全ての固形分によって影響を受けます。添加が許可されている糖やカラメル、オーク以外にも、様々な不純物や製造・熟成過程で入った目に見えないもの全てです。
しかし、実際の割合としては糖によるものが大多数だと考えてもらって良いでしょう。
ちなみに、コニャックの場合、アルコール度数の測定は液体温度20℃で行います。測定温度が変わると密度が変わり比重も変わってしまうからです。しかしながら、コニャック生産者各自の設備では厳密な温度調整までできない場合があり、たとえ温度19℃であっても20℃での測定結果としてデータに残すことがほとんどです。
この測定時の温度は国によって基準が異なる場合があり、例えば日本の場合は20℃ではなく15℃で測定することが一般的です。
2. 規定の分析機関でReal alcoholic strength(実際のアルコール度数)を厳密に測定する
その後、各生産者は最終的に製品化するコニャックのサンプルを規定の分析機関に送り、コニャック生産者単体では測定出来ない厳密な検査を行ってもらい実際のアルコール度数(純粋なエタノールの割合など)を測定してもらいます。この測定結果がReal alcoholic strengthとなります。
この分析機関はコニャック市内にも存在し、私の知る限りでは「Laboratoire d'œnologie Lacroix Christian」という分析機関が多く利用されている印象があります。ここはスピリッツやワイン、その他リキュールを中心にお酒に関する成分分析を行う機関です。コニャックのシャラント川の近くに位置している場所柄、コニャックにかかる分析を多く行っている機関でもあります。
場所としては本当にコニャック市街地の中心に位置します。
ここでは各メーカーが依頼・提供するサンプルボトルを様々な電子測定器を使って分析しその分析結果を生産者側に証明書として提出します。なお、Laboratoire d'œnologie Lacroix Christian自体はcofracというフランスの認証機関によって認定を得た分析機関です。メーカーによっては輸入元や販売先に自社コニャックの商品与信のためにこの分析結果を提出したり公表する場合もあります。
また、ここで出された分析結果は主に輸出の際の(輸入国側の)検疫証明書として使用されることがほとんどです。この成分分析は輸出割合98%を超えるコニャック市場において、コニャックを製品化する前に必ず行う必要があります。
では実際にLaboratoire d'œnologie Lacroix Christianの分析結果表を見てみましょう。
※クリックで拡大↓
これは実際に私が参考資料として貰った、とあるコニャックの成分分析表なのですが、商品が特定されそうな情報は伏せておりますのでご了承下さい。
ここに様々な分析結果が表示されているのでが、注目してほしいのは上部にある「*Apparent Alcoholic Strength at 20℃」と「*True Alcoholic Strength at 20℃」という項目です。
ここではTrue Alcoholic Strengthという言葉になっていますが、Real alcoholic strengthと同義です。
端数は伏せていますが、分かりやすく
Apparent Alcoholic Strength(浮ひょう法で測定した比重測定によるアルコール度数)が38%
True Alcoholic Strength=Real alcoholic strength(成分分析した純粋なエタノールの割合)が40%
としましょう。
この場合は2つの差は2%です。この2%の差が含まれている固形物(添加物)の差(Obscuration)です。
コニャックの規定では、この差(Obscuration)が4%以内である必要があります。
この数字の差が何を意味するのか理解することがコニャックの添加物の許容量を知る上で非常に大切です。
3. 上記2つの測定差が4%以内である必要がある
この通り、コニャックの規定ではこの2つのアルコール度数の差(Obscuration)が4%以内である必要があります。
上記の例でいうと差は2%で規定内ですのでOKです。しかし、この2%全てが単純に添加されている糖やカラメルの割合かというと必ずしもそうではないという事を知っておく必要があります。
先述した通りこのObscurationはコニャックの液体に含まれる全ての固形物の差によって生まれる数字です。そのため糖やカラメル以外の様々な物質も含んだ差異となります。
例えば、加糖なし、カラメル添加なし、オークチップ無しの何も添加されていないシングルカスク・カスクストレンクスのコニャックがあったとします。そのコニャックを浮ひょう法で測った場合のApparent Alcoholic Strengthが51.23%だとしましょう。
このシングルカスク・カスクストレンクスのコニャックを成分分析にかけ、True Alcoholic Strengthを測定すると、必ずしも浮ひょう法で測定したApparent Alcoholic Strengthとは100%一致せず、51.86%や51.92%といった数値が出てきます。添加物なしの シングルカスク・カスクストレンクス コニャックでさえ、約0.6%ほどのObscurationが発生します。この0.6%にはコニャックに添加許可されている物以外の製造過程中に入った目に見えない固形物が含まれます。生産者も意図していない差異・・・それゆえの「Obscuration」なのかもしれません。
ラベルに表記されるアルコール度数はどっち?
最終的に出荷されるコニャックに表示されるアルコール度数は成分分析結果で判明したReal Alcoholic Strengthのプラスマイナス0.3%の範囲内でアルコール度数表記が可能です。
たとえばReal Alcoholic Strengthの測定結果が40.15%だった場合、ラベルには39.85%~40.45%の間で表示することができます。コニャックはAOCの規定上アルコール度数40%以上である必要があるので、この場合必然的に40.00%~40.45%の間で表示されます。あとは消費者への分かりやすさの観点と、度数が高くなると税金が高くなるという酒税の観点から、端数は切り捨てられることが多いです。なので分析結果の厳密なReal Alcoholic Strengthが40.15%だった場合、最終的にラベル上のアルコール度数は40%という表記になります。
たまに厳密さをアピールするため端数まで記載しているボトルもありますね。
結局コニャックの加糖は何グラムまでOKなの?
これでコニャックの添加物の許容量は単純なグラム数ではなく、すべての固形物を含めてApparent alcoholic strength(見かけ上のアルコール度数)とReal Alcoholic Strength(実際のアルコール度数)の差( Obscuration )が4%以内である必要がある、という事が分かりました。
では結局この4%は何グラムなのか?最終的に知りたいのはそこだと思います。
先述したようにこの差(Obscuration)は実態としてはそのほとんどが加糖によるものです。コニャックの添加物でも最も気なるのは皆さん加糖ではないでしょうか。なので加糖量を例にとって挙げてみましょう。
これは私が2019年にコニャックに行った際にあるセラーマスターから伺ったのですが、一般的にアルコール度数40%のコニャックでこのObscurationが4%が達するには1リットルのコニャックに対し約17.2グラムの加糖が必要だと言われています。つまり、Obscuration 1%は約4.3グラム/1ℓということになります。
上記の細かい測定方法やアルコール度数、その他のObscuration要素を無視しておよその許容範囲をグラム数で表すのであれば、1リットルあたり最大17.2グラムの加糖まで可能ということになります。
※先述したようにObscurationは全ての溶解した固形物に影響を受けるため、必ずしもこのグラム数が全ての加糖量に当てはまるわけではないという事は再度申し上げておきます。
しかしながら、現在は最大まで加糖する生産者は少ない傾向にあります。(中国向けの特別仕様以外)
実態としてはObscurationが多くても1~2%・・・たまに3%以上といった所でしょうか。なので加糖ありのコニャックの場合、およそ1リットル中4~8グラム程度の加糖がされている場合が多いです。ただ、これは本当にそのコニャックによりけりですし、実態は各コニャックの成分分析結果を見ないと何とも言えないので、あくまでも目安程度にお考えください。
ちなみに冒頭にあげたようにこの添加物の許容量(Obscuration 4%)に関する現在の規定は2008年に施行されました。それ以前は加糖に関する規定はもう少し緩く、例えば1990年代のヘ〇シーの加糖量は1リットルあたり20グラムだし、1970年代のヘ〇シーXOの加糖量は1リットルあたり40グラムほどもあったそうです。(あくまでも実際に昔ヘ〇シーに務めていて現在は違うブランドのセラーマスターをしている方による話です(笑)噂です!噂!)
オールドボトルがまろやかといわれる所以はボトル経年以外にもこのObscurationに潜んでいる場合があります。
コニャック添加物の許容量まとめ
それではコニャックの添加物の許容量に関して主要な部分をまとめてみましょう。
- コニャックの添加物は「加糖」「カラメル」「オークチップ」がある
- 許容量はApparent alcoholic strength:見かけ上のアルコール度数とReal alcoholic strength:実際のアルコール度数の差(Obscuration)が4%以内である必要がある
- Apparent alcoholic strengthは浮ひょう法で測定される液体比重によるアルコール度数測定方法
- Obscurationの差は液体に溶け込んでいる固形物の差
- 溶け込んでいる固形物には色々あるが、ほとんどは糖によるもの
- ノンシュガー、ノンカラメルのコニャックでもObscurationは発生する
- 実態としては加糖されているコニャックはObscuration 1~2%=1リットルあたり4~8グラムの加糖である場合が多い
最後に、ここではコニャックの添加物に関しての良し悪しではなく、どのような基準で添加物が許可されているかを見ていきました。
加糖やカラメルの主な目的はその商品を一定のクオリティに保ち長く世に流通させることです。最終的な添加物の判断はマスターブレンダーが判断します。そこには大手生産者になればなるほど自社製品をどのような形で世に出すか様々な葛藤があるでしょう。
添加物に関しては「ノンシュガーノンカラメルこそ至高!」という声や「加糖コニャックかぁ」「カラメルかぁ・・」という声があるのも事実ですし、理解できます。しかしなぜAOCとして加糖やカラメルが許可されているのかの背景やブランドの体制を考えるのもより深くコニャックを理解する楽しみの一つかもしれません。(マニアックですが)
分かるようで分からないコニャックの添加物に関して、どのような方法で決められているのか少しでも理解が深まれば幸いです。