コニャックのテイスティングを行い香味を表現する時は「どういう言葉が正しいのだろう?」と迷います。楽しくもあり悩ましいタイミングでもありますね。
テイスティングの表現は自分の中で納得するために落とし込む場合と、他人に香味のイメージを共有する場合でも選ぶ言葉が異なるかもしれません。特に後者は他人と共通の認識を持つことが重要なので、万人が理解できる言葉である必要があります。
参考記事
→なぜソムリエは味を表現するのか?:消費者目線の納得感と最適解
ことコニャックの香味表現のカテゴリは大きく「フルーティー」「フローラル」「スパイシー」「ウッディ」の4つに分類されます。これは私が独自に決めているものではなくフランスのコニャック協会(BNIC)がコニャックのアロマホイールとして公式に発表しているものです。
参考記事
→コニャックのアロマホイールとアロマキットを見てみよう
もちろん、本来テイスティングの表現や言葉は自由であるべきというのが大前提ですが、「どういった表現をしたらいいのか分からない」という場合に一つの物差しとしてBNICが提供するアロマホイールの定義を活用することは大いに役立ちます。
今回はそんな4つのカテゴリの中で最も繊細な表現「フローラル(Floral)」について少し掘り下げてみましょう。花や草木など優しい春を連想させる「フローラル」。果たしてフローラルなコニャックの香味とは一体何なのでしょうか。一つの最適解にたどり着ければと思います。
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フローラルに分類される要素は?
では改めてBNICが提供しているアロマホイールの「フローラル」カテゴリに入っている要素を見てみましょう。
バター(BUTTER) |
スイカズラ(HONEYSUCKLE) |
オレンジの花(ORANGE BLOSSOM) |
スミレ(VIOLET) |
アカシア(ACACIA) |
サンザシ(MAY BLOSSOM) |
アイリス(IRIS) |
ジャスミン(JASMIN) |
ライラック(LILAC) |
アーモンド(ALMOND) |
ブドウの花(FLEUR DE VIGNE) |
メンソール(MENTHOL) |
バラ(ROSE) |
もちろんこれ以外にもフローラルを表す要素はあるかと思いますが、万人がイメージしやすいフローラルな香味の代表をBNICと共に50名のソムリエ、コニャックのセラーマスター、その他専門家が選出した結果が上記の項目です。
見ての通り様々な「花」を中心とした香味要素です。我々日本人にとってもイメージしやすいのはスミレ、ジャスミン、ライラック、メンソール、バラあたりでしょうか。
逆にオレンジの花、サンザシ、ブドウの花・・・あたりはあまり身近にないのでイメージし辛いかもしれませんね。
日本のスミレと西洋スミレ
一般的に日本に咲いているスミレと西洋で咲くスミレは香りも結構違います。
よく知られている「スミレ」に対しヨーロッパや北アメリカでスミレといえば一般的に「ニオイスミレ(スイートバイオレット)」の事を指し、ベリーや甘い香りがよくする品種のスミレを指します。よく「ボルドリのコニャックはスミレの香り」と言われることが多いのですが、実はその元となるスミレは我々が日本で目にするスミレとは少し違っていたりします。
またこのニオイスミレの香りは「βイオノン」という物質が主なのですが、日本人は遺伝的にこの香りを感じにくい人の割合が非常に多いらしいのです。一言で「スミレの香り」といっても実は共有するのが難しい香味表現だったりします。
アーモンドはフローラルなのか?
フローラルカテゴリをよく見ると「ALMOND」が入っています。私はどうしてもアーモンド=フローラルの結び付けができませんでした。アーモンドってどっちかというウッディじゃない?というのが正直な所です。
試しに私のX(Twitter)でアーモンドのカテゴリ分けアンケートを取らせて頂きました。総勢190名を超える方にご回答頂きました。ご協力ありがとうございます。
よければアンケートにご協力をお願いしますm(__)m
— Brandy Daddy(ブランデーダディ) (@brandydaddy86) November 30, 2023
蒸留酒の香味表現で「アーモンド」といえばどのカテゴリに入るでしょうか?
難しく考えずにざっくりと印象で構いません。お酒の種類は問いません。
これを見て分かるように蒸留酒の香味で「アーモンド」という言葉からは一般的なイメージとしてはウッディに分類する人が圧倒的多数です。
このアロマホイールの中のアーモンドが
・アーモンドの花
・生アーモンド
・ローストしたアーモンド
のどれを指すのかで変わると思いますが一般的なイメージはローストアーモンドですよね。
ただ、分類的に「フローラル=Spring」に分類されており、アーモンドの花が咲くのは3月中旬、温暖な国では2月中旬から咲き始めるということと、他の要素の並びから恐らくアーモンドの花、あるいは焙煎前の生アーモンドの事を指していると考えるのが正しいのかもしれません。
しかしながらアーモンドの花の香りを嗅いだ事ある人の方が少数派ですし、イラストのイメージからもローストアーモンドを想像してしまいます。「Almond」という単語だけだとちょっとアーモンドの花を連想するのはキツイかなぁ・・・。
その後X(Twitter)で様々な建設的なご意見を頂きました!ありがとうございます。一部抜粋させて頂きます。
ここでのアーモンドは、並び的に、いわゆる青酸カリのアーモンド臭ではないでしょうか。わかりやすくは杏仁豆腐の香りです。
ローストアーモンドの香りはナッツ、香ばしさ、ウッディさでも表現可能ですが、杏仁豆腐の香りは他では代替できない香りのように思います。
あと、ヨーロッパ(地中海東部)では、アーモンドは紀元前から栽培されるメジャーな植物のようです。
フランスにはブランマンジェというアーモンドを使ったお菓子があるそうです。
味と香りは杏仁豆腐ライクだそうですので、次にフランスに行った際に試してはいかがでしょうか。
Fleur de vigne、RoseとともにAlmondが一緒に縛られていることから見ると、一般的に食べるRosted almondではなく、花の香りの中でさわやかで香ばしい匂いを意味するのではないかと思います。
欧米での一般的イメージがアマレットのいわゆる杏仁的香り(英語のwikipediaによるとベンズアルデヒド)なんだと思います。皮むきアーモンドを粉末にしたアーモンドプードル(パウダー)はフィナンシェ等で使用されていたり、製菓用の「アーモンドエッセンス」はまさにその香りです。
やはりその国の食文化によってイメージするものが異なりますね。フランスと日本で感覚の違いもあるかもしれませんが、少なくとも日本で「アーモンドの香りがする」という言葉だけだと、ほとんどの人がローストされたアーモンドを連想してしまうので、Cognac Wheelの指すAlmond=フローラルという香味を共通認識として伝えるのがなかなか難しいなと感じました。この辺りは伝え方に一工夫必要ですね。
他の方のご意見も総合すると、日本でこのアロマホイールの指すAlmondを伝える場合「杏仁豆腐的な・・」くらいの方が誤解なくイメージ伝わりやすそうですね。
ちなみにこのアロマホイールは2009年に総勢50名のコニャックセラーマスターとソムリエ、その他専門家が総力を上げて作ったものです。
フローラルな要素はどこから生まれるのか?
コニャックを作る過程でフローラルな要素はどうやって発生するのでしょうか。醸造や蒸留、熟成は化学反応ですので全て分子レベルで化学的な根拠があるのですが、あまり専門的になりすぎても読む気を無くしてしまうのでおよその仕組みを理解しておきましょう。
ブドウの品種や土壌、天候、降水量など全ての要素がこのフローラルな香味に影響しているのですが、コニャックのマスターブレンダー・セラーマスターは熟成までの全て過程で最終的にどのような香味に仕上げるか何年にもわたって見守り、時には樽を移したりしてそのコニャックブランドが目指す理想の香味になるように調整します。
コニャックの香味への影響は大きく次の3ステップに分かれます。
第一アロマ(Primary aromas)
→ブドウの品種、土壌、気候など、原料由来の香味
第二アロマ(Secondary aromas)
→コニャックの元となるワイン造り(発酵・醸造)の過程で生じる香味
第三アロマ(Tertiary aromas)
→樽熟成の過程で生じる香味
若いコニャックに顕著なフローラル
フローラルな香味は総じて熟成年数5~12年程の若いコニャックによく感じられる場合が多いのは確かにその通りです。
フローラルな香味単体で構成されているコニャックは恐らく存在せず、あくまでも他の要素と相まってほのかに感じられる香味カテゴリだと私は思います。なのでフローラル、フルーティー、スパイシー、ウッディという香味カテゴリの中でも最も繊細な要素ですね。
若いコニャックに顕著というのはその通りですが、20年以上の熟成を経たコニャックでももちろんフローラルな要素は感じることはできます。私の経験上フローラルな要素が多いコニャック程タンニンと樽感が少なくより軽やか。
- 蒸留時に澱を使用しない「マーテル式」の蒸留方法であること
- 熟成に使う樽の木目が細く樽由来のタンニンが少ないこと
この2つがフローラル要素をより強く感じられるコニャックとなる最低条件かと思います。樽要素が強いとどうしても繊細なフローラルな要素は負けてしまうのでなかなか難しい所です。
また生産域による違いも影響力としては大きいかもしれませんね。それこそやはり蒸留時に澱を使用しないボルドリ地区のコニャックにはニオイスミレの要素を感じやすいですし、若いファンボアのコニャックにはライラックの要素を多く感じることができます。
フローラル要素の遷移としては、若いコニャック程ジャスミン、スイカズラ、ブドウの花など白い花の香りが強く、熟成を経るほどスミレやアイリスなど色と香りが濃くより重いフローラルな要素に変化するイメージですね。
フローラルを感じるおすすめコニャック4選
なかなかフローラル前面に出したコニャックに出会うのは難しいですが、その中でもこれは!と感じたものを特徴的なフローラル要素と共に紹介します。国内だけだと選択肢が狭いので海外通販サイトで入手可能なコニャックも含めています。
カミュ ボルドリVSOP
まずは入門として最もお手軽に手に入るフローラル感のあるコニャック「カミュVSOPボルドリー」。
ボルドリ主体のコニャックで樽感も少なく大変クリアな印象。その分フローラルな香りを十分に楽しむことができます。
ジャスミンやスイカズラといった若いフローラルに特徴的な香味と、アールグレイのような紅茶の印象を受けるコニャックです。
VSOPよりも少し熟成が進んだカミュ ボルドリーXOもおすすめで、そちらはVSOPよりもニオイスミレのフローラルさを拾うことができるかと思います。
ボーエン エリザベス(Bowen Elisabeth)
私がこれまで飲んだコニャックの中で最もフローラル感のあるコニャックはこれ。圧倒的にこのボーエン エリザベスです。
こちらもボルドリ100%のコニャックで、まさにニオイスミレの香りを中心としたフローラルコニャック界の女王と言ってふさわしいコニャックだと思います。
この商品は2023年12月時点で日本未入荷のコニャックですので、海外通販サイトから個人輸入で仕入れる必要がありますが是非試してみて損はないコニャックです。
レイラVSOP
ほんのり若草のような爽快感と共にフローラルさを楽しめるコニャックはこのレイラVSOP。牧草に咲くユリ科の甘い香り立ちが印象的。
レイラはABK6コニャックをリリースしているドメーヌフランシスアベカシス社が作っているコニャックで、ABK6と比べてよりフルーティーさとフローラルさに重点を置いたコニャックシリーズです。そのブランドの特徴がよく出ているコニャックだと思います。
こちらは並行品が日本でも一部流通しています。
オージエ サンギュリエ(AUGIER SINGULIER)
割とメンソールのような爽快感もあるコニャック。フォルブランシュ由来のフルーティーさもあり4~6年の熟成年数としては非常に香味豊かなコニャック。