私達が普段ブランデーやウイスキー、その他お酒を飲み、そのお酒の味わいを表現する時、その表現方法は人によって様々です。
例えば「ナッツやドライフルーツのような・・・」といった表現をするとき、その言葉によってイメージされる味は人によって異なります。この辺のことは以前「なぜソムリエは味を表現するのか?:消費者目線の納得感と最適解」でも書いたように、テイスティングコメントは「人々が漠然と感じるものを共通認識できる言葉に変換したもの」であり、何も知らない人が抱く漠然とした「めっちゃウマい」「めっちゃマズい」に対して「そう!それが言いたかった!」「そういうことか!」と納得と最適解を与えられるかどうかです。
ただし、それはあくまでも一般消費者に向けての言葉であり、もちろんお酒の香味に関してはそのような個人の解釈に左右されることのない科学的な数値に裏付けされた分析結果も当然あります。
ウイスキーなどでも様々な成分分析結果を目にすることがあり、そのほとんどは専門用語が立ち並び、あまり一般的に理解されるものでありません。またそれらの分析結果は輸入業者や販売業者向けにメーカーが自社の成分証明のために分析機関に依頼するものがほとんどで、一般にその内容が知れ渡ることはほとんどありません。
当然コニャックにもそのような分析を積極的に行っているメーカーもいくつかあります。
コニャック分析機関 Laboratoire d'œnologie Lacroix Christian とは?
コニャックの成分分析として最も多く利用されている分析機関のひとつはコニャック地方に研究所を構える「Laboratoire d'œnologie Lacroix Christian」でしょう。
WEB:https://www.christian-lacroix-oenologie.fr/
ここはスピリッツやワイン、その他リカーを中心にお酒に関する成分分析を行う機関です。コニャックのシャラント川の近くに位置している場所柄、コニャックにかかる分析を多く行っている機関でもあります。
ここでは各メーカーが依頼・提供するサンプルボトルを様々な測定器を使って分析しその分析結果をメーカー側に証明書として提出します。なお、Laboratoire d'œnologie Lacroix Christian自体はcofracというフランスの認証機関によって認定を得た分析機関です。メーカーによっては輸入元や販売先に自社コニャックの商品与信のためにこの分析結果を提出したり公表する場合もあります。
また、ここで出された分析結果は主に輸出の際の(輸入国側の)検疫証明書として使用されることがほとんどです。
実際の分析結果を見てみる
では実際にLaboratoire d'œnologie Lacroix Christianの分析結果を見てみましょう。
※クリックで拡大↓
この分析表はとあるツテで私が個人的に入手したものです。
具体的にどのコニャックの分析結果であるかは公開することができないので、商品の特定に繋がりそうな情報は伏せております。その辺はご了承下さい・・・。
各項目の意味は?
果たしてこの成分表を我々一般消費者が見たところでどこまで意味があるのかは分かりませんが(というか見ても意味不明)、理系なお酒好きの方とっては非常に興味深いのではないかと思います。簡単に項目を書き出しておきます。ここに書かれているのは一部ですが、コニャックの香気成分、味わいを決める重要な要素となります。ややこしい項目に関しては簡単な説明を添えています。
Apparent Alcoholic Strength
コニャックの液体の中に溶けているアルコール以外の物質も含む、実際に私達が口にするコニャックのアルコール度数。溶けている物質はよくTDS(Total Dissolved Dolids)=総溶解固形分と呼ばれてる。
True Alcoholic Strength
よくReal Alcoholic Strengthとも表現されます。これは分析用のコニャックを蒸留し、液体中の不純物を一切取り除いた純粋なアルコール度数を示します。普通はTrue Alcoholic StrengthよりもApparent Alcoholic Strengthの方が低い数値になります。コニャックはじめ、蒸留酒のラベルに表記されているのは基本的に純アルコール度数なのでTrue Alcoholic Strengthです。でも実際に口に入れる液体はApparent Alcoholic Strengthになるので、実態に私たちが感じているアルコール度数はラベル表記のアルコール度数よりも数パーセント低いアルコール度数であることがほとんどです。
Dry Extract
水分やアルコールを全て蒸発させた後に残る蒸発残留物のこと。一般的にはカリウムやリン、鉄分、カルシウム、マグネシウムなど。ワインなど醸造酒の方がこのDry Extractによって「重み」などが左右される場合があります。このコニャックの例の場合は1リットルあたり11gの残留物が含まれていることになります。ちなみに赤ワインだと一般的に1リットル中20~30gのDry Extractが含まれます。
Total Acidity
総酸度。コニャックに含まれる有機酸の総量を表しますが、測定が困難なため、昨今では滴定酸度(水酸化ナトリウムを足していき、中性になるまでに必要な容量を測定)を近似値として用います。右側に表記がある"Titrimetry"は滴定による手法を表しているものと思われますが、なぜに
Fixed Acidity
酒石酸濃度。葡萄に多く含まれる有機化合物で、いわゆるヒドロキシ酸。
Volatils acids
揮発酸。ほとんど場合は酢酸を表します。
その他
Frufural
Esters
Butanol 2
Prepanol 1
Isobutanol
Butanol 1
Isopentanols
Methanol
Ethyl Acetate
エステル、ブタノール、プロパノール、イソブチルアルコール、イソペンチルアルコールなど、このあたりはコニャックはじめ蒸留酒によくみられる化学物質であり、コニャックの香気に影響してくる物質。これら気化しやすい物質の中に含まれる化合物の分析に用いられる手法であるガスクロマトグラフィーを使用して分析が行われる。この辺は大変細かいのでまた別の機会に細かく見ていきたい。(というか私ももっと勉強しなければいけない)
データサイエンスは品質を保証するか
このような科学的分析結果に基づいたアプローチは、コニャックというよりも大元であるワインの世界で頻繁に行われており、日本国内や海外の資料を漁ると、実験結果や分析結果がごまんと出てきます。
例えばワイン好きの経済学者オーリー・アッシェンフェルター(Orley Ashenfelter, プリンストン大学)がワインの質を計算する式を編み出しました。
また、分かりやすい本でいうと、2014年に出版された「新しいワインの科学」という本が面白いかもしれません。この本では、ワインに含まれる化合物がそれぞれどのような香りや味わい、飲み手の主体的感覚に影響するかが詳細に述べられています。
ワインはじめお酒や食べ物のデータサイエンスの大きな目的の一つとして「成分を見ればそのお酒が美味いかどうかが分かるようにする」ということがあります。そのデータモデルの構築です。
このあたりは「六本木で働くデータサイエンティストのブログ」さんのこの記事
「ヒトの直感的理解は単変量モデルまで、直感を超えたければ多変量モデルへ」
の受け売りですが、大変興味深い内容だったので是非ともブログもこの本も読んで頂きたいです。
コニャックにおいてはワインよりもはるかに長い熟成プロセスを必要とするため、必ずしもワインと考え方が同様になるわけではありませんが、データサイエンスのアプローチとしては同じところに行きつきます。また、その年々によってブレンドされる原酒が異なるため、永劫的に分析結果が変わらないということはありません。基本的には毎年、あるいは数年ごとに成分分析結果を得ることになりますが、この辺はメーカーによって異なるので一概には言えません。いつ時点の分析結果なのかが重要ということですね。
普段から香味関連のデータ分析を行っている専門家の方や、マニアックな(?)お酒好きの方を除き、普段私達がコニャックやその他お酒を飲む際にここまで細かい数値や項目まで気にしながら飲む人は少ないかもしれません。しかし例えばこの成分表を見ながら2つの異なるコニャックを飲み比べた際、これまで「何となくこっちのコニャックの方が柑橘系の味わいが強い気がする」と感じていたものは恐らくこの数値の差なのか・・・と自分なりに考えてみながら飲んでみるのも新たな楽しみ方への挑戦という意味で面白いかもしれません。正解なのかどうかは別として・・・・。
そのためには何枚もの分析結果と実際の自分の官能評価を見比べて、経験を積む必要がありますね!うーん、これはもっと飲まなければ!(錯乱)
つまるところ、このようなコニャックにおけるデータサイエンスの結果を見ること自体は末端消費者にとってはあまり意味がない。というか見ても分からない。しかし、このように自社のコニャックを科学的に分析し、その結果を提示るることは、安定して同等の品質を担保できるというコニャックメーカーの自信の表れと裏付けでもあります。
コニャックの成分分析表は手に入るのか?
恐らく皆さんが最も疑問に思うこの一つは「これってどこで手に入るの?」でしょう。
残念ながら一般的には手に入らない。
当然、一般流通している商品のボトルやケースにはここまで具体的な分析表なんかは書いてないし、小売店なんかでもそんな情報を持っている所は少ない。
直接メーカー側とやり取りしている輸入元やインポーターさんあたりは持っている場合があります。
あとはメーカー側に直接聞いてみるしかないのですが、何の関係もない人がいきなり「分析表下さい!」なんて問い合わせしても恐らく素直に渡してくれるメーカーはないでしょう・・・。
もしくは、どれくらい費用がかかるかや対応してくれるかは不明ですが、(株)味香り戦略研究所や大学の研究所といった専門機関に個人的にお願いする・・・といった方法も有効かもしれません。
いずれにせよ、これまで漠然と感じていたお酒の成分がこのように数値化された状態で見ることができるといのは大変興味深いことですね。今回取り上げたLaboratoire d'œnologie Lacroix Christianは一例でしかありませんが、コニャックに限らず様々なお酒を科学的なアプローチで分析を行っている人、またはそのような機関の話を聞いたり見たりすることで、普段我々が感じているお酒の味わいとはまた違った一面を見ることができ、お酒に関する知見やとらえ方も広げることができ、とても面白いと思う今日この頃でした。