今回は久方ぶりにアルメニアのブランデーに触れていきます。
フランスや日本以外のブランデーの事を書くのは久々ですね。アルメニア・ブランデーに関しては一度「アルメニアブランデー ARARAT(アララット) ナイリ20年のレビュー」でレビューしましたが、それ以来でしょうか。
果たしてアルメニアのブランデーとは?その独特な世界観を見て参りましょう。
アルメニア・ブランデーはコニャックではない
アルメニア・ブランデーの話に入る前に、念のため基本的な立ち位置を明確にしておきましょう。
アルメニア・ブランデーとコニャックは別物です。
コニャックはフランスのコニャック地方で作られ、法律(AOC)によって定められた規定の中で作られるフランスのブランデー。
アルメニア・ブランデーはその名のとおり、アルメニアで作られるブランデーの総称です。
Armenian brandyという表記の通りでしたらアルメニアン・ブランデーという呼び名の方が正しいかもしれません。
コニャックのAOCのようにめちゃめちゃ厳格な規定はありませんが、コニャックに近い製法で作られており、世界的なブランデーの品質基準からみてもかなり高品質なブランデーとして有名な存在です。
そのため、厳密にはコニャックとは異なるものの、その品質の高さから「アルメニア・コニャック」の名称で親しまれている場合もあります。(これについてはこちらで後述)
アルメニアってどこ?
普段あまり馴染みがないアルメニアのブランデー。
てかアルメニアってどこ?(笑)
という方も多いのではないでしょうか。
アルメニアはトルコの隣らへん。
黒海とカスピ海に挟まれた内陸の国です。
アルメニアブランデーの歴史とコニャックとの関係
アルメニアのブランデー、またワイン作りの始まりにはいくつかの逸話があります。
特にアルメニアブランデーと旧約聖書は大きな繋がりを持っており、アルメニアとトルコをまたぐ有名な山「アララト(Mount Ararat)山」(現在はトルコ領)は外すことができません。この標高5,137mもの高さがあるアララト山は、旧約聖書においてノアの箱舟が大洪水の後に最終的に辿り着いた場所です。
アルメニアのワイン作りに使われた最初の葡萄畑はこの神聖なアララト山にあったとされています。
アルメニア最初のブランデー会社は?
アルメニア初となるブランデー製造会社は1887年に設立された「エレバン・ブランデー・カンパニー(Yerevan Brandy Company)」です。(もともと1877年に前身となるワイン業を開始。その10年後にブランデーを始めます)
この会社は現在でも最も大きいアルメニア・ブランデーの会社の一つで、アルメニア・ブランデーの有名ブランド「アララット(ARARAT)」を展開しています。
ARARATの日本語商品名はアララト、アララットどちらでもよいのかもしれませんが、一応輸入元の商品説明欄には日本語で「アララット」と記載されているので、アララットで統一します。
アルメニア・ブランデー=アララットという印象が大きいです。
このエレバン・ブランデー・カンパニーの2人の創設者、Nerses Tairan氏とVasily Tairov氏はもとよりフランスでワイン作りやブランデー作りを学び、フランスのコニャック作りに用いられている単式蒸留器による2回蒸留法を初めてアルメニアに持ち込んで、アルメニアのブランデーに導入した人物とされています。
その創設から約20年後、エレバン・ブランデー・カンパニーはロシアの実業家ニコライ・シュストフ(Nikolay Shustov)によって買収されることになります。
「コニャック」を名乗っていたアルメニア・ブランデー
エレバン・ブランデー・カンパニーのブランデーをロシアに広めるべく、シュストフ氏は当時ロシアでも人気を博していた「コニャック」の名称を用い、「アルメニア・コニャック」として売り出すことに決めました。
ちなみにその当時のアルメニア・コニャックの綴りは
Armenian Kanyak(またはKonyak)
です。
そしてその後の1900年に行われたコニャックのブラインドテイスティングコンテストに出品。そこに出品された正真正銘のコニャック達を差し置いて、何とシュストフ氏のアルメニア・ブランデーが優勝してしまいます(笑)
その時の審査基準がどのようなものだったのか詳細は不明ですが、コニャック地方で作られたコニャックとは違うブランデーでこんなに高品質なブランデーが作られるのか、と当時の審査員はとても驚いたそうです。
その後しばらく「アルメニア・コニャック」を名乗っていましたが、残念ながらそのブランディングを長く続けることはできませんでした。その数年後、より厳格なコニャックAOCが定められアルメニア・コニャック(Armenian Kanyak)の名前をラベルに記載することが禁じられてしまいました。
実は近年、2013年にアルメニア政府から直々に「アルメニア・コニャック」の表記を許可してほしいという要請がフランス側に送られたそうです。しかしながらフランス側はそれを却下。現在も「アルメニア・コニャック」と名乗ったりラベルに表記することは許されず、「アルメニア・ブランデー(Armenian brandy)」の名前の下商品を展開しています。
しかしながらその時の名残りなのか、コニャックへの対抗心なのか、アルメニア現地ではいまだに「アルメニア・コニャック」の名で浸透していることもあるとかないとか。
チャーチルにも愛されたエレバンのアルメニア・ブランデー?
コニャックとは切っても切れない、そんな面白い背景を持っているエレバン社。
シュストフ氏の経営センスは鋭く、世界中の高級レストランにこのアルメニア・ブランデー「アララット(Ararat)」を無償で提供し、そこで振る舞ってもらうことで一気に知名度をUP。アララットは瞬く間に有名となり、注文も殺到。会社の規模と知名度は大きく上がることになりました。
1945年のヤルタ会談で協定の友好の証として当時のソ連首相であるスターリンがイギリスの首相チャーチルにアララットのドゥヴィン(DVIN)を渡し、チャーチルが感銘を受けたという話も有名です。
※チャーチルは葉巻とコニャック好きで有名。
現在はペルノ・リカールが所有
時は流れ、1998年。エレバン・ブランデー・カンパニーは飲料業界の大手ペルノ・リカールに買収されることになります。
その時の買収額はおよそ3000万USD。日本円で約30億円ほどだったそうなのです。
この時既に世界30か国を超える国々に輸出をし、大きな功績を残したエレバン・ブランデー・カンパニーとしてはいささか安すぎる買収額。アルメニア議会では、この買収は不公平すぎるという議論が巻き起こり反対意見が多く挙がります。そういったゴタゴタも重なり、最終的にペルノ・リカールの正式な傘下となったのは1999年5月25日とのことです。
アルメニア・ブランデーで使われるブドウは?
アルメニア・ブランデーの製法こそコニャックと似ているものの、コニャックの原料となるブドウの品種はかなりの違いがあります。
コニャックの原料の95%はユニブランですが、アルメニア・ブランデーでは約13種類の白ブドウが原料として使用されています。
- ヴォスケハット(Voskehat)
- ガランドゥマク(Garan Dmak)
- カングン(Kangun)
- ルカツィテリ(Rkatsiteli)
といったものを中心に、アゼテニ、バナンツ、チラール、カヘット、ラルヴァリ、マシス、メグラブイル、ムスカリ、ヴァンといいったブドウ達です。
中でもヴォスケハット(Voskehat)は病気や気候への耐性が低く、育てるのが難しいブドウの一つですが、その南国フルーツのような香り高く複雑なアロマを出すためにアルメニア・ブランデーでも重要なブドウです。
コニャックと同様、毎年秋になると収穫の時期となり、良い品質を保ったブドウが収穫され、ブランデーの元となるワインとなります。
ワイン農家と大手ブランデーメーカーの関係もコニャックと似ている部分があり、ブランデーメーカーは多くの契約農家からワインやブドウを買い取ることでお互いの関係を築きあっています。ちなみに最大手のエレバン・ブランデー・カンパニーは約3000の農家と契約があるそうです。コニャックでいうとレミーマルタン
アルメニアでは年間2000万リットルのアルメニア・ブランデーが生産され、そのうちおよそ90%は輸出されています。
アルメニア・ブランデーの蒸留
主なアルメニア・ブランデー(というかエレバンのブランデー)もコニャックと同タイプのシャラント式単式蒸留器を使った2段階蒸留が採用されています。
蒸留のプロセスはほぼコニャックと同様です。
参考
→【中級編】コニャックの蒸留方法:シャラント式 単式蒸留とは?
アルメニア・ブランデーの熟成
アルメニア・ブランデーもコニャックと同様、樽で熟成されます。
コニャックがリムーザンオーク、トロンセオークといったフレンチオークを主に使用するのに対し、アルメニア・ブランデーはペルシャオークを主に使用します。アルメニア・ブランデーはコニャックと比較すると、少しチョコレート感を伴う香り立ちが目立つのですが、このペルシャオークがその特徴的なアロマの要因でもあるようです。
XOやVSOPなどの表記はあるのか?
コニャックではブレンドされたもっとも若い原酒によって、VS、VSOP、XOなどの表記方法が決まっています。
参考
→【入門編】ブランデーのVSOPやXOの種類の違いって何?
アルメニア・ブランデーはVSOPやXOといったコニャック的な表記と異なり、独自の3つの基準が存在します。
Ordinary
→最低熟成年数3年
Branded
→最低熟成年数6年
Collection
→上記Brandedのブランデーを複数ブレンドし、さらに追加で最低3年間オーク樽で熟成させたもの(つまり最低でも9年)
基準としては上記の3つですが、アルメニア・ブランデーの実際のラベルの表記としては分かりやすく「aged 5 years」「aged 10 years」「aged 20 years」と書かれているものをよく見ます。
アルメニア・ブランデーのブランド有名処
アルメニア・ブランデーの有名ブランドといえば、冒頭でも登場した「アララット(ARARAT)」や「ノイ(NOY)」あたりです。
現在アララットはエレバン・ブランデー・カンパニーが展開し、ノイはエレバン・アララト・ブランデー・ファクトリーが展開しています。(ややこしい)
どちらも創業者は同じです。
アララットのブランドHPなんかは結構よくできていて、製造工程とかも映像付きで比較的分かりやすく解説されているので、是非見てみて下さい。
日本国内でよく見かけるのはアララットのほうですね。
私が3年程前に買った時はアララット ナイリ(20年)が500mlで1万円ほどだったのですが、今は700mlのやつ売ってますね。
そっち買っておけばよかった。
世界的に展開されているアルメニア・ブランデーもほとんどがこの2つのブランドです。
あとはKilikiaというアルメニア・ブランデーのブランドもあります。このKilikiaのブランデーはラベル表記にVSOPやXOといったコニャック寄りの表記を採用しています。私はまだ飲んだことないけど。
模倣品が多いアルメニア・ブランデー?
実はアルメニア・ブランデーは最も模倣品(ニセモノ)が多いブランデーの一つとしても有名です。(現地でさえ)
日本国内の酒販店が販売している分はおよそ問題ないと思いますが、海外の通販サイトやオークションから個人輸入してきたり、現地や外国の販売経路が不明瞭な場所で買う場合は少し注意が必要かもしれません。
ちゃんとトレーサビリティがあり、信頼できる販売店から買うのが一番ですね。
是非アルメニア・ブランデーを
アルメニア・ブランデーは蒸留こそコニャックと同じ製法で作られているものの、その原料や熟成環境、製法の規定などの違いによって独特な風味が楽しめるブランデーです。
国内でも手に入りやすく、価格とクオリティのバランス的にも個人的におすすめしたいアルメニア・ブランデーはやはりアララット ナイリ(20年)あたりでしょうか。
たまには違うブランデーを楽しんでみようかなぁと考えているかたが是非お試しあれ。