
コニャック地方には、さまざまなタイプの生産者が存在しています。最終的には「コニャックをつくる」という同じゴールに向かっているものの、その手法や生産規模、能力は千差万別です。ここでは便宜上すべてを「生産者」と呼びますが、実際にはいくつかのタイプに分けられます。それぞれがどんな役割を担っているのかを整理してみましょう。
以前「コニャックにおけるプロプリエテールとネゴシアンの区分け」という記事でブドウの栽培から醸造、蒸留、熟成、ボトリングまで全て自社で行う所謂プロプリエテールと、自社以外の原酒でコニャックを作るネゴシアンの違いを見ていきましたが、もう少し深掘りしていきます。
そして新しいタイプの生産者、インディペンデント・ボトラーについてもご紹介します。
ヴィティキュルター:Viticulteur(仏) / Winemaker(英) / ワイン農家

まず紹介するのは「ヴィティキュルター」。コニャックやアルマニャックづくりの基礎を担う存在です。ブドウ畑の植栽から剪定、収穫まで、畑仕事の全般を手がけます。
彼らは、コニャックづくりに欠かせない原材料であるブドウの生産に専念しています。BNIC(コニャック事務局)によれば、2025年現在、約4,400ものワイン農家が存在します。多くはワインを他者に販売して蒸留されますが、中には蒸留から熟成、ブレンド、ボトリング、そして販売までを自社で一貫して行うところもあります。後述する「グロワー・ディスティラー」「プロプリエテール」は大きな区分けとしてはこの中に入ります。
ただし、「ヴィティキュルター」という言葉自体は、あくまで“ブドウ栽培を行う農家”を指す点は明確にしておきましょう。
ディスティラトゥール:Distillateur(仏) / Distiller(英) / 蒸留家
蒸留家は、ワインを蒸留してオー・ド・ヴィ(原酒)へと変える、極めて重要な役割を担います。
この職種は大きく二つに分けられます。
ブイヤー・ド・クリュ(Bouilleur de Cru)
自分のワインを自ら蒸留する生産者のこと。ブドウ栽培を行う農家でもあり、自社で育てた葡萄をワインにし、蒸留も行う人たちのことを指します。
ブイヤー・ド・プロフェシオン(Bouilleur de Profession)
蒸留専門の人たち。他者のワインを請け負って蒸留する、または買い取ったワインを自ら蒸留するプロ蒸留家です。英語だとプロフェッショナル・ディスティラーとも呼びます。
コニャックの用のワインの半分はこのプロフェッショナル・ディスティラーにより蒸留されており、コニャック作りにはなくてはならない存在です。

蒸留したオードヴィー(熟成する前のコニャック)の卸先としてはヘネシーやレミーマルタン、マーテル、クルボアジェなどの大手コニャック会社の割合が大きいです。他にも様々な生産者に向けて蒸留を専門に行っており、卸し先の生産者毎に蒸留方法を微妙に変えたり要望に応じたりしています。
BNICのデータでは数としてブイユール・ド・クリュが約3,400、ブイヤー・ド・プロフェシオンが約120いるとされています。どちらも最終的なコニャックの原酒づくりに不可欠な存在であり、「蒸留家なくしてコニャックなし」と言っても過言ではありません。
ネゴシアン:Négociant(仏) / Negociant(英)
ネゴシアンは、コニャックの製造や商業展開を統括する役割を担います。いくつかの下位分類がありますが、BNICによるとこの地域には約270のネゴシアンが存在しています。
ネゴシアン・プロプリエテール:Negociant Proprietaire(仏)
ネゴシアン・プロプリエテールは、自社畑も所有しているが基本的には他の農家から原料を買い、ブレンド、熟成を行った商品をメインとしています。大量生産が可能。大きな会社が多いです。
その気になれば自社畑オンリーのプロプリエテ・コニャックも作ることはできますが、コスパが悪く、あまりそのような商品は作らない。
ウイスキー的に言えば、蒸留所を所有しているブレンドスコッチ:シーバスリーガルやジョニーウォーカーなどが近いでしょう。
ヘネシー、レミーマルタン、マーテル、オタール、ビスキー、ゴーティエなどが該当します。
ネゴシアン:Negociant(仏)
自社では畑も蒸留設備も持たず、他社のオー・ド・ヴィや完成品のコニャックを買い取り、自社ブランドで瓶詰・販売を行います。多くの場合、栽培家や蒸留家との強固なパートナーシップを築いています。
ネゴシアン・エルヴール:Negociant-Eleveur(仏)
所謂「熟成家」です。熟成に特化したネゴシアン。若い原酒から古酒までを購入し、自社の熟成庫で独自の熟成方針のもとに寝かせ、適切なタイミングでボトリング・販売します。まるで子どもを育てる親、羊を導く羊飼いのような存在です。
デラマンやレオポルド・グルメルなどが該当します。
ネゴシアン・ア・レタ・ピュール:Negociant à l’Etat Pur(仏)
完成されたコニャックの取引に特化した業者で、比較的短期間で製品が市場に流通していくケースが多くなります。
グロワー・ディスティラー / プロプリエテール:Grower-Distiller / Proprietaire(仏)

日本での有名な区分け名としては「プロプリエテール」という名前が一般的ですね。ヴィティキュルターとディスティラトゥールを兼ねる生産者です。
自らの畑でブドウを栽培し、ワインを造り、それを蒸留し、さらに熟成・ボトリングまで自社で行います。全工程を一貫して手がけることで、その作り手の個性を反映したコニャックを生み出しています。
ポールジロー、ジャンフィユー、ジャンリュックパスケ、ダニエルブージュ、フラパンなどが該当します。
そして新たなカテゴリー「インディペンデント・ボトラー:Independent Bottler(英)」
ウイスキーでいうところの所謂ボトラーズです。コニャックにおいても以前よりケイデンヘッド、BBRなど一部のボトラーズコニャックは存在していましたが、2019年頃のコロナ渦からボトラーズの動きが激しくなりました。
私が2023年にジャンリュックパスケを再訪し、Amyさんに熟成庫を案内してもらった時、「この樽は○○が買ってる」「この樽は○○の要望でシェリー樽で熟成している」と様々なインディペンデントボトラーの名前が出てきました。2019年初頭に訪れた際はこのような事はなかったので、ボトラーズの台頭にびっくりした記憶があります。
参考記事
→コニャック滞在記2023冬⑨再訪そして進化するJean Luc Pasquet

インディペンデント・ボトラーとは?
コニャックにおけるインディペンデント・ボトラー(以下「ボトラーズ」)とは、既存のコニャック生産者によって製造・販売されたものではなく、自らのブランド名でコニャックを選定・調達・瓶詰めして販売する個人や企業のことを指します。こうしたボトラーズ、小規模な栽培家や蒸留家が造った希少で個性的な樽を買い付け、独自のブレンドを行うこともあります。そして、それを自分たちのブランドの表現として市場に送り出します。
ボトラーズは、実はフランス国外の企業であることが多く、現在のところ、フランス国内の新興ボトラーズも登場してはいますが、依然として海外勢が主流です。
ボトラーズは、原酒の選定からデザイン、ブランディング、流通、販売に至るまでを自らコントロールしますが、蒸留・瓶詰・ラベル貼りといった工程は、あくまで生産者の力を借りて行います。そのため、信頼関係に基づく密なパートナーシップが必要になります。
このようなボトラーたちは、既存のメゾンが提供する伝統的で一貫性のあるスタイルとは異なる、「もう一歩踏み込んだ」コニャックの楽しみ方を提供しています。長い歴史を持つ生産者たちが安定したブレンドやハウススタイルを大切にしているのに対して、ボトラーズは、単一樽による個性や独自性、奇抜さ、そして品質の高さにこだわります。特に、コニャックに新しい表現を求める目の肥えた愛好家たちにとって、大きな魅力となっています。
現在活躍中のボトラーズ(一部抜粋)
現在、コニャック(アルマニャック含む)の分野で活動しているボトラーズには、以下のようなものがあります。
- Malternative Belgium(ベルギー)
- Grape of the Art(ドイツ)
- Wu Dram Clan(ドイツ)
- Decadent Drinks(イギリス)
- The Whiskey Jury(ベルギー)
- La Maison du Whisky Through the Grapevine(フランス)
- Distilia(ポーランド)
- Roots(ベルギー)
- Swell de Spirits(フランス)
- Maltbarn(ドイツ)
- PM Spirits(アメリカ)
- Authentic Spirits & Amateur Spirit(フランス)
- POH Spirits(フランス)
- Zero 9 Spirits(フランス)
- Vagabond Spirits(フランス)
- In2Spirit(ベルギー)
- ROW Spirits(イタリア)
……そして、まだまだ他にも多くのボトラーズたちが世界中で活動しています。
モルタニティブやWu Dram Clan、ラメゾンドウイスキーなんかは日本のコニャックファンの間でも割と有名なボトラーズかもしれません。
コニャックにおけるボトラーズの特徴
コニャックの生産者にそれぞれの特徴や商品コンセプトがあるように、ボトラーズたちにも特徴があります。以下に挙げるのは、ほとんどのボトラーズが大切にしている共通のポリシーです。もちろん、ボトラーズごとに表現方法や徹底ぶりには違いがありますが、おおむね以下のような傾向が見られます。
ウイスキーのボトラーズでも似たようなものだと思います。
ノンカラメル(無着色)
基本的にカラメル色素(E150)の使用は一切なし。多くの場合ラベルにも「ナチュラルカラー」であることが明記されています。
無添加(シュガー&ボワゼの不使用)
加糖やボワゼ(熟成を加速させるためのオークチップ抽出物)の添加も基本的には一切行いません。唯一の例外は、何十年も前に製造された古いコニャックに、当時すでに添加されていた場合くらいです。
ノンチルフィルター(冷却濾過なし)
冷却濾過は香りや質感の一部を奪ってしまうとされており、ボトラーズでは軽い濾過にとどめるのが一般的です。これもラベルに明記されることが多いです。
シングルカスク・ボトリング
単一のヴィンテージまたはロット番号(Lot N°。通常は蒸留年を示す)が記載された樽からのボトリングが主流です。ブレンドは稀で、あってもDecadent DrinksやGrapediggazといった例外的なブランドが試みている程度です。
参考記事
→コニャックのヴィンテージ
カスクストレングス、もしくは高アルコール度数
40%のボトルはまず見かけません。もしあるとすれば、樽熟成中に自然にアルコール度数が下がった70〜100年前の極めて古いものです。ほとんどのボトルは、自然な樽出しの度数(カスクストレングス)で、もしくは緻密に加水した上で高めの度数でボトリングされます。
情報の透明性
「何がボトルに入っているかを正確に知ること」が大原則。法的に記載可能な情報はできる限りラベルに載せます。ほとんどの場合は原酒の生産者名も記載されますが、事情によって匿名希望となる場合もあます。とはいえ、基本的にはボトラーズとコニャック生産者の両者がラベル上でしっかりと明記されています。
中身の質(=リキッド・ファースト)
中身のクオリティはすべてに優先される重要事項です。この点では、ボトラーズもコニャック・メゾンも共通しています。ただし、「何をもって最高とするか」については、それぞれ考え方が異なります。加えて、それぞれがターゲットとする消費者層にも違いがあります。たとえば、ある人がフランソワヴォワイエの愛好者だったとしても、ボトラーズが手がけたフランソワヴォワイエを好むとは限りませんし、その逆もまた然り。実際には、両者のファン層の重なりは意外と少ない事が多いです。
派手すぎないパッケージ
バカラ製などの高価なデキャンタや豪華な化粧箱、過剰な装飾には否定的です。ただし、ラベルデザインやボトルの選定にはこだわりが見られ、個性的なものも少なくありません。それでも基本的には「中身にお金をかける」という姿勢が徹底されています。
ウイスキーとコニャックのボトラーズの違い
ここではいくつかウイスキーとコニャックのボトラーズの違いを比較して見ていきます。これは私の主観でもありますので、必ずしもその通りとは限りませんが、ひとつの参考になれば幸いです。
ボトラーズのプロセス
ウイスキーのボトラーズは、通常、樽を購入して保管し、適切なタイミングでボトリングを行います。ただし、中には樽を入手してすぐにボトリングするボトラーズも珍しくありません。
一方で、コニャックに関しては、2025年現時点ではボトラーズが自分たちで熟成のためにコニャックを保管するということは行われていません。場合によっては、1樽か2樽を確保し、生産者の熟成庫に保管してもらうことはありますが、ボトラーズが自分たちの熟成庫を設けるという事例は今のところ見られていません。
もし今後そういった動きが起これば、そのボトラーズはデラマンのように「ネゴシアン・エルヴール」、すなわちボトラーズと熟成家のハイブリッドのような存在になるでしょう。
ネゴシアン・エルヴールとの類似点
ウイスキーのボトラーズの多くは、コニャックでいうネゴシアン・エルヴール(熟成家)に相当する存在です。たとえば、Signatory(シグナトリー)、Gordon & Macphail(ゴードン&マクファイル)、Cadenhead's(ケイデンヘッド)は、コニャックにおけるGrosperrin(グロペラン)、Prunier(プルニエ)、Godet(ゴデ)に相当します。
コニャックのボトラーズは、熟成用に樽を自身で長期保管するということは一般的ではありません。そうした作業はネゴシアン・エルヴールが担っています。ボトラーズはコニャック生産者や他のネゴシアン・エルヴールから既にコニャックが熟成されている樽を選定して仕入れ、自社コニャックとして販売するのが基本です。
機動性と販売モデル
コニャックのボトラーズはウイスキーのボトラーズよりもより動きと回転が速い傾向にあります。彼らは既にコニャックが熟成されている樽やその一部を購入し、生産者がボトリングし、そのボトルがボトラーズに送られて販売されます。
1樽分のボトリングによる収益で次の仕入れを賄うというモデルであり、事前予約販売も一般的です。今後このカテゴリが成長するにつれて、こうしたボトラーズが自ら熟成用に樽を購入し始めるかどうかは注目すべき点であり、もしそれが実現すればよりネゴシアン・エルヴール(熟成家)に近づくことになります。
原酒の調達について
ウイスキーのボトラーズは、よく大規模なブローカーから樽を調達します。場合によっては、テイスティングせずに購入することもあります。また、蒸留所から直接仕入れることもありますが、ブローカーの役割は大きいです。
一方で、コニャックのボトラーズは、コニャック生産者またはネゴシアン・エルヴールから直接調達します。ウイスキー業界におけるボトラーズと蒸留所またはブローカー間の関係も大小様々ですが、コニャックにおいてはボトラーズとやり取りしている生産者は小規模な生産者が多いため、双方の直接的な人間関係が非常に重要な要素となっています。
スピリッツの品質に対する評価
ウイスキーの場合、多くのウイスキー愛好家はオフィシャルよりもボトラーズを探し求める傾向にあります。蒸留所公式ボトルより優れていると期待するからです。
コニャックの場合は少し事情も異なり、生産者自体の品質と評価が非常に高いため、「公式ボトルより優れている」といったボトラーズの主張は少ないように思えます。ボトラーズと生産者のボトルは、どちらも同等の高い評価を受けているのが一般的です。
しかしながら、ウイスキーと同様にボトラーズは個性的で大胆、何らかの点でユニークな樽を選択する傾向があります。その結果、ボトラーズの方が面白い!といった評価が見受けられる場合もあります。
原酒の熟成年数
ウイスキーのボトラーズは、だいたい6年程度から30年程度のウイスキーをリリースするのが一般的です。それ以上の熟成期間となると、そもそも存在自体が非常にレアであり、かつ非常に高価になります。
それに対して、コニャックのボトラーズは、30年以上熟成されたコニャックを日常的に提供しており、50年、60年、70年といった非常に古いヴィンテージも珍しくありません。またファンもそのようなボトルを求めています。
このような長期熟成のコニャックが今でも手に入りやすく、かつ価格もウイスキーと比較して手ごろ(とは言っても高価ですが)であることから、このボトラーズコニャックでは非常に長熟ボトルが一般的であり、商業的にも魅力的な選択肢となっています。
コニャック生産者の役割の違いとボトラーズまとめ
一言にコニャック生産者といっても様々な役割が存在し、それぞれ欠かすことのできない役割です。
特に近年活動が盛んなボトラーズ コニャックはこれから更に進化を遂げることでしょう。ボトラーズはしばし革新的でダイナミックな商品を世に出すことがあります。
コニャックという伝統と、ボトラーズの革新が交わった時、私たちも新たなコニャック体験をすることができるはずです。
まだまだ日本では馴染の薄いボトラーズコニャックですが、今後どのような展開を見せ、どのようなコニャックが出てくるのか楽しみですね。全て飲んでみるのは難しいかもしれませんが、私も可能な限りのボトラーズコニャックを楽しんでいきたいと思います。