ブランデー、特にコニャックにおいて分かるようで分からない香味表現の一つ、それが「ランシオ香」です。
「ランシオってよく聞くけど実際どんな香りなのかよく分からない」
「長熟コニャックに感じる香りらしいけど、具体的に何なの?」
という方も多いのではないでしょうか?
今回はコニャックにおける醍醐味ともいっていい「ランシオ香」について少し詳しく紐解いていきましょう。そして後半ではランシオを楽しむことができるブランデーダディおすすめコニャック4選をお届けします。
ランシオとは何か?
コニャックを深堀していくと必ずいきつく言葉が「ランシオ(Rancio)」。もう少し細かく言うと「ランシオ・シャランテ(Rancio Charantais)」「シャラント・ランシオ(Charente Rancio)」とも呼ばれます。
ランシオ(Rancio)という言葉はもともとポルトガル語に由来しており、主に熟成されたポートワインの香味表現として使われていたものでした。先述したランシオ・シャランテ(Rancio Charantais)やシャラント・ランシオ(Charente Rancio)という言葉はコニャックのみに用いられる表現です。ここではコニャックにおける香味表現として「ランシオ」という言葉で統一することにします。
このランシオとはざっくりいうと、コニャックの熟成が進むにつれて現れる主に長熟コニャックに特有の香味の特徴の一つです。主に熟成が進むにつれて現れる独特な香り、味わい、口当たりの表現方法として用いられる言葉です。
このランシオの鱗片が現れ始めるのは一般的に最も早くて熟成年数10~20年の頃だと言われています。基本的には熟成年数が長ければ長い程このランシオは感じ安くなります。
個人的にはこのランシオを明確に感じることができるのは熟成年数30年以上のコニャックであることが多いように感じます。
ランシオが発生する過程
オーク樽での熟成が進むにつれて現れるコニャックのランシオ。
その化学的プロセスを簡単に説明すると、主な要因は樽の中で眠るコニャックの中に存在する脂肪酸が酸化によってケトンとよばれる化合物に変化する過程で生じるとされています。
まずコニャックの原料となるブドウを発酵させワインを作る時に「高級脂肪酸」が出来ます。
※高級脂肪酸:分子の中に炭素を12個以上持つ脂肪酸のこと。
その高級脂肪酸が蒸留を経て樽熟成中という長い期間の間に酸化して「メチルケトン」という成分に変化します。
そのメチルケトンが、蒸留時にできた「エステル」と混ざってランシオになるのです。
発酵→蒸留→長期熟成のステップを経て初めて余韻の残るランシオになります。脂肪酸が重要なのです。
この変化がいわゆる「ランシオ」と呼ばれる香味成分となり、様々な味わいの表現を生み出しているのです。実際にどのような香味がランシオといえるのかは後述します。
ランシオの変化が現れる4つの段階と実際の香味
ランシオが発生するまでの期間はそのコニャックによっても異なるため、確実に「この年数からランシオが!!」ということは断言できませんが、それでもいくつか指標となる4つの段階が存在します。熟成年数別に見てみましょう。
なお、各段階につけている「〇〇ランシオ」は私が勝手に名付けたもので公式な表現でも何でもないのでご了承下さい(笑)
第1段階:早期ランシオ
最も早く表れるランシオは熟成年数10年目からと言われています。期間的には熟成年数10~20年の間に発生するランシオという感じでしょうか。熟成15年目くらいからが一番感じやすいかもしれません。熟成年数30年くらいのコニャックの中にもこの早期ランシオを感じることができる場合もあります。
早期ランシオの香味の特徴としては下記のような特徴が挙げられます。
- ブルーチーズのロックフォールの香り(青カビ臭い)
- カサブランカ香り
- スイセン(ナルシス)の香り
- フランスにあるスミレの香り
第2段階:中期ランシオ
中期ランシオは主に熟成年数20年~30年の間に発生するものを指します。
この頃のランシオはより「木・土の香り」の要素が強くなる傾向にあり「森の茂みの香り」とか「トリュフの香り」などといった表現が顕著になります。
もう少し具体的に言うと
- マッシュルーム
- サフラン
- ショウガ
- ドライフルーツ
- 湿った森の土
といった要素を感じやすくなる傾向にあります。
第3段階:中長期ランシオ
主に熟成年数30年~40年、あるいは50年前半のコニャックに感じることができるランシオです。
第2段階で感じたランシオがより複雑かつ強調されるようになります。第2段階で感じた「木・土の香り」に加え、少しスパイシーな要素もより感じることができるようになります。
新たに加わる要素としては
- シガーボックス
- タバコの葉
- スギの木
- 古い赤ワイン
といった要素でしょうか。またこのあたりからコニャックの舌ざわりがややオイリーになり飲んだ時に舌にドッシリと乗るような「重み」を感じることができるようになります。
第4段階:長期ランシオ
熟成年数40~50年以上の長期熟成コニャックに見られるランシオです。
この第4段階が非常に面白く、これまでの第1~3段階とは全く異なる劇的な変化を見せてくれます。ここがまさにコニャックの醍醐味でしょう。
これまで木の要素やスパイスの要素が強かったランシオに打って変わって、この熟成50年を超えたコニャックには一気に「トロピカルフルーツ」の要素が現れるようになります。エステルが凝縮され、乾燥させたフルーツの香りがするようになります。
具体的には下記のような要素です。
- パッションフルーツ
- マンゴー
- ライチ
といった要素です。オレンジやピーチ系の要素も感じるかもしれません。
もちろん第1~3段階で感じた要素も感じることができるのですが、圧倒的なトロピカル感が出始めるのがこの第4段階:長期ランシオのステージです。
オリを含んだコニャックの方がランシオを感じやすい?
個人的にはオリ在りで蒸留されたコニャックの方がランシオを感じやすい傾向にあると思います。
オリを残して蒸留したほうがランシオの元となる脂肪酸がより多く含まれるため、よりランシオを顕著に感じやすくなる事が要因だと考えます。
コニャックを蒸留する過程において、コニャックの元となるワインの"オリ"を残したまま蒸留するか、"オリ"を除去して蒸留するかという部分はコニャック生産者によって異なります。
一般的にはオリを残して蒸留した方がより重みのあるコニャックに仕上がり、オリを除去して蒸留した方がクリアなコニャックに仕上がります。
オリを残して蒸留した原酒を使用する生産者としてはレミーマルタンが有名です。逆にオリを除去して蒸留した原酒を使用する生産者としてはマーテルが有名です。そのため、小・中規模生産者で自社製品と大手メーカーに卸す原酒の両方を作っている生産者では、レミーマルタン向けにコニャックを造っている生産者のコニャックの方がランシオを感じやすい傾向にあります。
参考記事:
→オリを残して蒸留するか、除外して蒸留するかの違い
ランシオの香味を定義することは可能なのか?
コニャックにおいて「ランシオとは何か?」を定義することは非常に難しいと言っていいでしょう。
コニャックにおけるランシオとは冒頭でも述べたように「コニャックの熟成が進むにつれて現れるコニャックの香味の特徴の総称」であり、ランシオという言葉そのものに公式が存在するわけではありません。
「ランシオとは何ぞ?」という問いに対する答えは専門家やコニャック生産者の間でも意見が分かれるところであり、皆それぞれの定義を持っているというのが現状です。
しかしながら、熟成年数別にランシオの特徴が分かれることはある程度分かります。言い換えると、ランシオとして感じる香味はコニャックの熟成年数によってある程度定義されると言ってもいいかもしれません。先述した4つの段階がコニャックの熟成年数別のランシオの特徴としてある程度指標となるはずですので、是非参考にして頂ければ幸いです。
ランシオを感じるおすすめコニャック4選
ここらは私が個人的に「これがランシオか・・・」と感じたおすすめコニャックを紹介します。
もちろん、ここで紹介するコニャック以外にもランシオを感じることができるコニャックは多く存在しますが、特に顕著に感じることができる代表として選出しました。どれも間違いない逸品だと思いますので、ランシオを楽しみたい方は是非挑戦してみて下さい!
ジャンフィユー CF50
コニャック界の巨匠(?)鯉沼商会の鯉沼氏がジャンフィユーの現当主クリストフ・フィユー氏と共に厳選したジャンフィユーCFシリーズの最高峰「ジャンフィユーCF50」。50年熟成のグランドシャンパーニュコニャックです。
もう間違いなく第4段階:長熟ランシオを代表するトロピカル系ランシオが炸裂するコニャック。これはマジで間違いない。長熟ランシオの代表格です。
ちなみにこのジャンフィユーCFシリーズは20年、25年、30年、35年、40年、50年と熟成年別に6つのリリースがあり、それぞれ熟成年数に応じた特徴を感じることができます。40年熟成のCF40と、50年熟成のCF50では全く異なるランシオの特徴を発見することができます。ランシオに迷ったらまずはこれかな。でもシングルバレルの限定リリースなので、在庫が無くなり次第終了です。
参考記事
→ジャン フィユー新作コニャック CF35 / CF40 / CF50レビュー①
→ジャン フィユー新作コニャック CF35 / CF40 / CF50レビュー②:テイスティング編
デュカイ トレヴィユー ボルドリ
こちらも熟成年数60年超えの長期熟成コニャック。「ランシオの教科書」と言わしめたコニャック「デュカイ トレヴィユー ボルドリ」。長期ランシオを感じる長期熟成コニャックではあるものの、第3段階中長期ランシオに通ずる木・土を連想させるランシオも感じることができます。
ボルドリコニャックの華やかさと複雑なランシオを兼ね備えた優等生。
フランソワヴォワイエ エクストラ
こちらも50年熟成を経たグランドシャンパーニュコニャック「フランソワヴォワイエ エクストラ」。私が最もおすすめするコニャックの一つです。
長期熟成コニャックとしての完成度が非常に高く、この上ない樽由来の熟成感と長熟ランシオに特有のトロピカル系ランシオの余韻を永遠のように楽しむことができます。
ABK6 XOルネサンス
ファンボアの原酒を中心に熟成年数30~45年のコニャックがブレンドされたコニャック ABK6 XO ルネサンス。そこそこ大きな生産者ですが、こちらも葡萄の栽培から瓶詰まで一貫して自社で行うプロプリエテールです。
第3段階:中長期ランシオに該当する木の要素をしっかりと感じることができるコニャックです。またこのクオリティ、この熟成度と平均的に16,000円台という価格帯も非常に魅力的なコニャック。
参考記事
→ABK6(アベカシス) XO RENAISSANCEのレビューと評価
ランシオとは何か?まとめ
ランシオという存在を一言で定義することは非常に困難ですが、このランシオという存在はコニャックに対する「これはウマい」という直感的味覚をダイレクトに刺激する重要な要素であることは間違いないと思います。
ここまで書いたランシオの要素をまとめると下記の通りです。
- ランシオとは熟成が進むにつれて現れるコニャックの香味成分の特徴の一つ。
- 長熟になればなるほどその特徴を感じやすくなる。
- ランシオには大きく第1段階から第4段階までの4つのステージがある。
- 第1段階:早期ランシオ(10年~20年)、第2段階:中期ランシオ(20~30年)、第3段階:中長期ランシオ(30年~40年、50年)は花や木由来の香味を感じることができる。
- 第4段階:長期ランシオ(40年~50年以上)では激変し、トロピカル系のランシオが顕著に感じることができるようになる。
分かるようで分からない不思議な存在「ランシオ」。でも確かに存在するコニャックの神秘的な味わい。
そんなコニャックの醍醐味を楽しむヒントになれば幸いです。