コニャックのテイスティングを行い香味を表現する時は「どういう言葉が正しいのだろう?」と迷います。楽しくもあり悩ましいタイミングでもありますね。
テイスティングの表現は自分の中で納得するために落とし込む場合と、他人に香味のイメージを共有する場合でも選ぶ言葉が異なるかもしれません。特に後者は他人と共通の認識を持つことが重要なので、万人が理解できる言葉である必要があります。
参考記事
→なぜソムリエは味を表現するのか?:消費者目線の納得感と最適解
ことコニャックの香味表現のカテゴリは大きく「フルーティー」「フローラル」「スパイシー」「ウッディ」の4つに分類されます。これは私が独自に決めているものではなくフランスのコニャック協会(BNIC)がコニャックのアロマホイールとして公式に発表しているものです。
参考記事
→コニャックのアロマホイールとアロマキットを見てみよう
もちろん、本来テイスティングの表現や言葉は自由であるべきというのが大前提ですが、「どういった表現をしたらいいのか分からない」という場合に一つの物差しとしてBNICが提供するアロマホイールの定義を活用することは大いに役立ちます。
今回はそんな4つのカテゴリの中でも最も厄介?な表現「スパイシー」について少し掘り下げてみましょう。私自身たまに「スパイシーな・・・」という言葉を使ったりしますが、果たしてスパイシーなコニャックの香味とは一体何なのでしょうか。一つの最適解にたどり着ければと思います。
スパイシーに分類される要素は?
では改めてBNICが提供しているアロマホイールの「スパイシー」カテゴリに入っている要素を見てみましょう。
干しあんず(DRIED APRICOT) |
キャラメル(CARAMEL) |
マッシュルーム(MUSHROOM) |
チョコレート/カカオ(CHOCOLATE/CACAO) |
干しイチジク(DRIED FIG) |
リンゴ(APPLE) |
マスカット(MUSCAT GRAPE) |
サフラン(SAFFRON) |
シナモン(CINNAMON) |
クローブ・ ちょうじ (CLOVE) |
ショウガ(GINGER) |
ココナッツ(COCONUT) |
ナツメグ(NUTMEG) |
リコリス(LIQUORICE) |
トフィー(TOFFEE) ※バターと共に糖蜜または砂糖を加熱して作る菓子 |
シガーボックス(CIGAR BOX) |
腐植土/ツノマタゴケ(HUMUS/OAK MOSS) |
低木(UNDERWOOD) |
煙草(TOBACCO) |
トリュフ(TRUFFLE) |
もちろんこれ以外にもスパイシーを表す要素はあるかと思いますが、万人がイメージしやすいスパイシー香味の代表をBNICと共に50名のソムリエ、コニャックのセラーマスター、その他専門家が選出した結果が上記の項目です。
「スパイシーな・・・」と言われて最も簡単に想像できるのは「シナモン」「クローブ」「ジンジャー」「ナツメグ」・・・といった比較的身近なスパイスですね。
しかしながら、コニャックのアロマホイールの中には「チョコレート」「キャラメル」「マッシュルーム」「トリュフ」など一見するとスパイシーに分類されないような素材もあります。
アロマホイールにもあるように、この表の上部は「フルーティー」、下部は「ウッディ」の境界線付近にあり、場合によってはどちらにも分けられる曖昧な要素であることが分かります。特に「ウッディ」さと「スパイシー」さは区別が難しい場合もあり、この2つのカテゴリは境界線が非常に難しいです。(後述)
ここからは私の見解なのですが、スパイシーをもう少し細かく分類すると下記のような感じです。赤色で太文字になっているものはコニャックのスパイシー要素の中でも特に感じ取りやすい香味です。
基本的には赤太文字の要素を実物を嗅いでみながら香味を記憶していく・・・という地道な鍛錬が実を結びますね。
①明確なスパイシー要素
- ナツメグ
- クローブ(ちょうじ)
- ショウガ
- サフラン
- リコリス
- 白コショウ(アロマホイールでは「ウッディ」に属する)
②甘味を伴うスパイシー要素
- シナモン
- キャラメル
- チョコレート
- ココナッツ
- カカオ
- トフィー
- マッシュルーム
③フルーティーさを伴うスパイシー要素
- 干しあんず
- 干しイチジク
- リンゴ
④ウッディさを伴うスパイシー要素
- トリュフ
- シガーボックス
- 腐植土
- 低木
- 煙草
※トリュフ以外はほぼ「ウッディ」要素として捉えても良いかと思う
(余談)カレーを感じるか?
ここに挙げたスパイシー要素はあくまでもBNICが定義するコニャックのスパイシー要素であり、もちろんここに書かれているもの以外の要素を感じることもあります。
その中でも私がたまに拾う要素としては「カレー」ですね。そもそもカレー自体何十種類ものスパイスが組み合わさっているわけですが、一瞬第一印象が「あ、カレーっぽいのがいる」と感じるコニャックがあります。
具体的にはピエールリュカXOを初めてテイスティングした時や、Chainier Tres Vieille Reserveの中にカレーを彷彿とさせる香味を拾うことがありました。
カレーを感じた香味をもっと突き詰めると、恐らく「コリアンダー」「カルダモン」、「ターメリック」の要素が大きいでしょう。
私達が連想するカレーはおそらくほとんどの人が「日本カレー」です。カレーは国によって代表的な香味が異なる料理ですので、例えば同じ「カレーっぽい」でも、我々日本人がイメージする「カレーっぽい」、ネパール人がイメージする「カレーっぽい」、そしてフランス人がイメージする「カレーっぽい」は大きく異なる場合があります。
カレーの香味がコニャックにおいてマイナーであることは間違いないのですが、コニャックの生産地であるフランスでコニャックのテイスティング表現としてカレーで使われるスパイス要素があまり出てこないのは、カレーそのものやカレーに使われているスパイスが馴染薄く、スパイシーな香味表現としてはイメージしづらい背景があるのだと思います。
カレー以外にも「紫蘇っぽい」や「梅っぽい」なんかも日本人には伝わりますが、なかなか他の国ではイメージできない表現の一つですね。
このように国によって同じ表現でもそれから受け取るイメージが異なる場合もあれば、全く理解できない場合もあるので、対象の国と人によって適切な表現に切り替えるのも大事な技術ですね。
まぁでも本当に、カレーを感じるコニャックは確かにあるぞ・・・。
スパイシーな要素はどこから生まれるのか?
コニャックを作る過程で、これらスパイシーな要素はどうやって発生するのでしょうか。醸造や蒸留、熟成は化学反応ですので全て分子レベルで化学的な根拠があるのですが、あまり専門的になりすぎても読む気を無くしてしまうのでおよその仕組みを理解しておきましょう。
ブドウの品種や土壌、天候、降水量など全ての要素がこのスパイシーな香味に影響しているのですが、コニャックのマスターブレンダー・セラーマスターは熟成までの全て過程で最終的にどのような香味に仕上げるか何年にもわたって見守り、時には樽を移したりしてそのコニャックブランドが目指す理想の香味になるように調整します。
コニャックの香味への影響は大きく次の3ステップに分かれます。
第一アロマ(Primary aromas)
→ブドウの品種、土壌、気候など、原料由来の香味
第二アロマ(Secondary aromas)
→コニャックの元となるワイン造り(発酵・醸造)の過程で生じる香味
第三アロマ(Tertiary aromas)
→樽熟成の過程で生じる香味
スパイシーな要素が生まれる大元としてはやはりタンニンの影響が大きいと言わざるを得ません。
収穫、醸造、蒸留、熟成という過程の中で、スパイシーな香味に一番最初に大きな影響が出るのは第二アロマと、その後の蒸留の過程、そして第三アロマだと言えます。
蒸溜過程においては醸造したワインを澱アリで蒸留するのか、澱ナシで蒸留するのかによって大きな差がでます。
コニャックでは一般的に、澱を入れて蒸留する方法は「ヘネシー・レミーマルタン方式」と呼ばれており、澱ナシで蒸留する方法は「マーテル方式」と呼ばれています。澱アリで蒸留されたものは最終的にどっしりとした仕上がりに、澱ナシで蒸留されたものはクリアに仕上が傾向にあります。
澱アリで蒸留した方がタンニンを多く含んだコニャックを作ることができるので、タンニン由来のスパイシーさは増す傾向にあります。
↑左がオリを取り除いた状態で蒸留した蒸留液。右がオリを残した状態で蒸留した蒸留液。透明度の差は歴然。このバランスが後々のコニャックの風味に大きく影響します。
また、次に影響が大きいのは第三アロマが生まれる熟成の過程です。コニャックは一般的に最初の数ヶ月は新樽で熟成させ、その後古樽に移されることが多いです。新樽は多くのタンニンを含むため、新樽期間が長ければ長いほど樽由来のスパイシーさが増すことになります。
また、樽の内部をどれだけトースト(焼き)しているかによっても大きく変わってきます。内部のトーストが長ければ長いほどスパイシーな要素は出やすくなります。
スパイシーな「香り」と「味わい」
コニャックの香味をどう感じるか、主に鼻から感じる「香り」と口・舌から感じる「味わい」とに分けられます。
また、その1歩手前のステップとして実は色や粘性といった見た目も私達の香味感覚に大きく影響していると考えます。これは飲みなれている人ほどその影響が大きいのかもしれません。
グラスに注いだコニャックの色が濃ければ濃いほど、粘性があればあるほど「このコニャックは濃い=スパイシーあるいはウッディな要素が強いかもしれない」と経験上推測してしまうからです。カラメル添加されていなければ濃いコニャック=タンニンを多く含んだ可能性が高いコニャックとも言えますので、おおむねその考えが合っているかもしれません。
しかし中には濃い色であるにも関わらず、スパイシーな要素が少なくフルーティーさが多いコニャックやクリアなコニャックもありますので、やはり実際に嗅いで飲んでみるまでは分かりません。その脳裏によぎった先入観に惑わされず実際の香味を汲み取っていきましょう。(その先入観との対比も面白いですね)
順番としてはやはり「香り」から入り「味わい」に移るのですが、この2つは完全に分かれているわけではなく、特に味わいの最中、そして飲み込んだ後の余韻として口から鼻に抜ける香りを楽しむ工程が存在します。私はコニャックにおいて、グラスからの香りと、この鼻抜けの香りを楽しむことが最大の魅力だと思いますので、是非それを意識しながらテイスティングを楽しんで頂きたいです。(他の蒸留酒でもそうですが・・・)
舌で感じとれる要素と、鼻抜けで感じる要素では圧倒的に鼻抜けで感じた香味の方がそのコニャックの特徴として残りやすいです。これはフローラル、フルーティーといった要素も同じで、スパイシーな要素も鼻から感じることで記憶の中にあるスパイスの香味要素を引き出してくれます。
特にクローブなど強い香味を持ったスパイスは実際に直接「食べる」機会は少ないので、舌でスパイスを感じるというよりも鼻腔から抜ける香りでクローブを感じ取る方が圧倒的に多いのではないでしょうか。
スパイシーとウッディの区別
唯一ウッディな要素は少し別かもしれません。ウッディな要素はそまま舌や口の中に重厚感とタンニンの渋さ、感触を残してくれるので、鼻よりも口・舌で感じた印象が強くなることが多いです。先ほど「ウッディ」さと「スパイシー」さは区別が難しい場合もあり、この2つのカテゴリは境界線が非常に難しいといったことを書きましたが、この2つを区別する境界線は舌にテクスチャとして残るかどうかが大きいかと思います。ウッディ要素が大きいほど舌に残る感覚が大きいように思えます。
「香り」と「味わい」は様々な要素が複合的に絡みあいますので、どんな要素を拾うことができるか是非楽しんで下さい^^
長熟コニャックの方がスパイシーなのか?
これもものによるのですが、一般的にはやはり若いコニャックよりも長期熟成されたコニャックの方が当記事で挙げたスパイシーな要素を感じることが多いかと思います。
若いコニャックに代表されるフローラルな要素に対して、やはり熟成由来の香味の影響が大きいからです。
特にクローブなどの強いスパイス感、マッシュルームやトリュフなどのウッディ寄りのスパイシーさは5年熟成や7年熟成といった比較的若いコニャックにはなかなか存在しない香味です。スパイシーな要素を明確に感じることができるのは、恐らく20年熟成以上あたりから・・・というコニャックが多いのではないでしょうか。
この辺りは「ランシオ」とも密接に関係しており、長熟であればあるほどスパイシーな要素を含むかというと決してそうではありません。逆に熟成を経るにつれスパイシーな要素が弱まり南国フルーツの要素が強くなるコニャックも存在します。その辺りは下記記事をご参照下さい。
参考記事
→ランシオ香とは何か?ランシオの正体とランシオを感じるおすすめコニャック5選
私の経験としては最もスパイシー要素を感じることができるのは25年~40年熟成の間のコニャックかなぁと思っています。もちろんそのコニャックによるのであくまでも割合的に・・・という感じなのでご参考程度に。
スパイシーなおすすめコニャック3選
それでは最後にここで挙げたスパイシーな要素を分かりやすく感じることができるおすすめコニャックを2つほど挙げておきます。
ボトルを買って何回も飲んでみるのも楽しいですし、Barで飲み比べるのも楽しいので是非お試し下さい。
ピエールリュカXOメモワール
私の中で輸入元のテイスティングコメントが過去一番ドンピシャだったコニャック。コメントにもある通り、確かにカレーっぽいスパシー要素を感じるコニャック。
こちらのレビュー記事にも書きましたが、20~25年熟成のコニャックとして非常に完成度の高いコニャックだと思います。
フランソワペイローXO
クリアなコニャックではあるが意外と余韻の鼻抜けにナツメグや白コショウを連想させるスパイス感を拾うことができる。
恐らく最もお手軽に入手できるスパイシー要素を持ったコニャックかもしれない。
Chainier Tres Vieille Reserve
こちらは2022年時点で国内では流通していないコニャックですが、かなりクローブ系のスパイシー要素を感じることができるコニャック。
グラスからの香り立ち、余韻の鼻抜け共に文句なしのスパイシー。